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7年後の東京五輪、必要なものと無駄なもの

潜望鏡 第1回

2013年10月01日

社会・生活

HeadLine 編集長
中野 哲也

 当研究所のオフィスがある、東京・丸の内は不思議な街である。

 朝のラッシュ時、JRやメトロの各路線から大量の通勤客が運び込まれ、林立する高層ビル群に吸い込まれていく。昼間は国内外から観光客が押し寄せ、レストラン街は長蛇の列。夕暮れとともに人影が減りはじめ、深夜になると生体反応が感じられない。ガラスとコンクリートの無機質な世界に様変わりしてしまうのだ。

 丸の内地区の面積はわすか0.65平方キロ。ところが、東京都の推計によると昼間人口は10.4万人に達し、1平方キロ当たりの人口密度は16.0万人という凄い数字になる。一方、その夜間人口はわずか27人と推計される。昼間の3800分の1にまで激減してしまうのだ。こうして、丸の内は二つの"顔"を使い分けながら、進化を続けている。

 昨秋、東京駅丸の内口に創建時の赤レンガ駅舎が復原され、この街に新たな魅力が加わった。「威風堂々」という言葉がピッタリくる建物。100年近く前の日露戦争で勝利を収めた、当時の高揚感が伝わってくる。

 赤レンガ駅舎は、建築家・辰野金吾が設計した傑作の一つである。その作風は今も、日銀の本店(東京・日本橋本石町)や旧小樽支店(北海道小樽市)、岩手銀行(盛岡市)などで確認できるが、輝きを全く失っていない。どれも戦火や風雪に耐え、完成当時の「空気」を現代まで運び続けている。「古い」建物なのに、決して「旧い」わけではない。

 英国様式のレトロな駅舎と無機質な高層ビル群が重なり合い、丸の内は他の街にないオーラを放つ。過去、現在、未来が凝縮された駅前広場に、人々が吸い寄せられる。高層ビルの片隅では、熱心に絵筆を動かす人が少なくない。日が沈んで駅舎がライトアップされると、スマホやデジカメを手にした人が続々と集まる。

 古代ギリシャの都市国家には広場(アゴラ)がつくられ、ヒト、モノ、カネあるいは情報が集中した。それが化学反応を起こしながら、いつしかアゴラには生命力が宿り、都市成長の原動力となる。赤レンガ駅舎前の広場が21世紀のアゴラとなり、丸の内の進化は新たなステージを迎えた。

 実は、この街はもう一つ別の"顔"を持つ。「江戸」との接点なのだ。丸の内から永代通りを歩きはじめ、JRガード下をくぐり、10分ほどで東海道の起点である日本橋に着く。その向こうには兜町、人形町、小伝馬町などが広がり、今も衣食住の老舗に江戸職人気質が健在である。

 そのうちの一つの和菓子店は、リーズナブルな価格で絶品のどら焼きを提供してくれる。店内の額には、本家から独立した先代主人の決意が示されている。

 「父母兄の余光によって御引き立て頂いて居りますが、なかなかお客様の御期待に沿えるような御菓子が作れません」「力足らずですが、しかし少しでもお役に立たせて頂こうと、まず正直に努力して居りますので、よろしく御願い申し上げます」

 凄みのある言葉だと思う。仕事の目的は唯一、顧客の満足。品質の向上こそが命であり、決して妥協しない。立ち止まらない。これこそ、職人の心意気であり、デジタル時代のモノづくりにも通じる真理だと思う。

 先に、2020年夏季五輪の開催地が東京に決定した。半世紀前の東京五輪は高度成長の真只中で開かれたが、今回は未曾有の少子高齢国家がホスト役を務める。都の人口も五輪開催年がピークになり、それ以降は減少に転じると予測されている。

 オリンピックに便乗して、その場しのぎの施設や交通インフラが粗製乱造されないか心配だ。五輪後の高齢社会でも、利用できることが最低条件。赤レンガ駅舎のように、100年輝き続けるものを後世に伝えたい。

 五輪開催まで7年。ずっと先のようでも、"秒進分歩"の時代だから、あっという間に開会式の日がやって来るだろう。江戸職人の心意気にならい、原発汚染水対策など喫緊の課題に「まず正直に」取り組みたい。

中野 哲也

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※この記事は、2013年10月1日に発行されたHeadlineに掲載されたものを、個別に記事として掲載しています。

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